ゆるふわ系アウトドア日記

自転車レースは辞めてマッタリ楽しみます

何のために続けるのか

※本記事には不快感を感じる方もいるかもしれませんが悪しからず。「私はこう感じました」という考えを書いているだけですので。

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テレビで五輪明けの選手たちを見ていると、安定感のある人と危なっかしい人と、色々混じっているようで興味深かった。

自分の主観だけど安定感があるのは小平選手、宇野選手、平野選手あたり。(数人しかインタビューの姿を見てないから印象に残った人だけ。偏り御免。)

逆に不安定感の筆頭が羽生選手。

前者は自分の純粋な欲求として競技を続けたい、高めたいという意思を何となく感じるから、何というかブレを感じない。多分、こっちの人達はもし競技として続けられなくなったとしても、次の生き方を自分がこうだと思った方向に進んでいける。

後者は競技を続けてさらに自分を高めてスキルを磨いた姿を他人に評価されたい、という意思が見え隠れして、常に点数インフレし続ける自分の姿を見てくれる人がいる事が、自らのアイデンティティの一部であり、競技を続ける理由であり、人生の価値になっている印象。これってふとした怪我などで続ける事が出来なくなった時や、ピークを過ぎてパフォーマンスが落ちて行った時、アイデンティティの危機だよなーと思うわけです。

「○○だから続けるんだ」という理由に他人が介在するのは色々良くないです。きっといつか(既に?)猛烈に思い悩むと思います。

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コンタドールの往年のレースを見ながら3分インターバル。320wターゲットで5回目標だったけど、3.5回でやめに。まだキツさ的には踏ん張れば完遂できただろうけど、ネット通販でトラブって時間遅くて早く風呂入って寝たかった。山で千切れた選手の映像アップで解説者がキツいキツいを連呼してて萎えた。とかやめた理由を考えちゃうあたり、今日の自分には出来なかったんだろなと。

明日は自分のパフォーマンスの現在地を把握するために、完遂、ゼッタイ。